ゆるふわメッセージ ゆるゆるふわふわ

拍子木の音が陽気暮らしになる

宗教。

怪しい、うさんくさい、お金がとられる。

あまり関わりたくない。

といった印象が、日本人の多くの人の意識のなかにあるように思います。

でも、私は、それがもったいないと思うんです。

このいまある世界に、感謝するココロを育めるなら、こんなに素晴らしいことはないと思うんです。

食べ物にも、体に良いものも、悪いものもあるように、宗教にも、良いものもあれば、悪いものもあると思うんです。

仏教やキリスト教、その他もろもろ。何十年、何百年と、日本人の生活に溶け込み、《教え》が人生を豊かにしてきたものなんですよね。

科学技術や、医療が浸透していなかった時代は、宗教が、《人の助かり》の大部分を担っていたんですね。

でも、ちょっとした風邪で命を落としていた時代から、いまはお薬を飲むと、再び元の生活に戻ることができるようになりました。

そんな病院に行けば、当たり前に治る。というのが、もったいないと思うんです。

命の尊さに気づくチャンスなんですね。

本当は、きょうを迎えられた奇跡に気づけるチャンスだったんですね。

みなさんのなかにも、命を紡いで頂いていることに感謝している人も多いと思います。

しかし、私はその反対でありました。命があって当たり前、そして、当たり前のように好きなことをして、生きていた。

それでイイとは、思うんです。

しかし、お礼、感謝という心がそこにあるか、ないかの違いなんですよね。

同じように生活していても、毎日の命を頂いている奇跡に、感謝できるココロは、いまを存分に楽しむことにつながります。

だから、いままで通り、当たり前にできなくなったとき、例え、軽い風邪であっても、

《どうして風邪なんかひいたんや》

と、嘆くのでは、勿体無いすぎると感じるんです。

《あぁ、命の大切さに気づかせてもらえるチャンス》

と、思った方がどれほど幸せかということですよね。

私は、神様からのプレゼントだと思うようにしています。

《命は、奇跡》

だから、思いがけないこと、不幸だと感じるできことがおこったとき、私たちは嘆いてしまいます。

しかし、昔は、その嘆きのココロを宗教の教えが人々から救ってきました。

《私たちは、ココロで生きている。》

そのことを、見失ってしまう社会構造になっています。

人間はこう生きたら幸せになれる。

とか、

ビジネスマンの成功の秘訣。

子育てのマニュアル。

それも一つの方法ですが、私たちは、一人一人のココロで生きてるんですね。

やっぱり、自分の人生を楽しむ。というのは、ココロです。

それを、宗教が教えてくれてたんです。

一方で、私たちは、体調が悪いといったときや、悩んだり、苦しんだりしたとき、病院にいっても、原因がわからない。となると、大きな不安が襲うものです。

そんなとき、とある宗教に救われたという話はたくさんあります。

なので、食事と同じように、悪い宗教もある一方、生活には欠かせないものと思います。

ココロを、豊かにする。

それが、生きる。ということ。

現代社会は、風邪や、できものといったすぐに原因がわかる病気だと、安心もできるし、お薬や手術でよくなる方法が確立されています。

そのときに、少し立ち止まって、

ありがたいなぁ。

私たちは、当たり前に暮らせる。

それがホントは奇跡なんだ。

ってことに、気づけるきっかけは、身の回りにたくさんあります。

ちょっと、いままで当たり前にできなくなったときに、

《なんで?》

《どうして、自分が?》

《早く元通りになりたい》

と言う気持ちを、誰もが浮かべてしまうものです。

そこで、ちょっと立ち止まって考えてみよう!

本来の自分を取り戻す。ことは、命をいただくかぎりできます。

病気になって、あれ?

実は本来の自分を見失っていたんだと、気づけるんです。

さまざま、悩み、人間関係、仕事、学校といった周りの環境に流されてしまうのが私たち。

そして、気づかないうちに、自分が生まれてきた目的も見失ってしまう。

そんなときに、人生のつまづきに、落胆するような出来事に出会ってしまう。

でも、でも、でも、そのまま、もう私はダメだ。不幸な人間だから。

というのは、あまりにももったいないすぎます!!

人生のつまづきを、幸せのつまづきだということに気づいてないからです。

本来の自分に戻れるチャンスだと、気づいてないからです。

偉そうなことをいいましたが、すべて私もそうでしたから。また、命をいただくかぎり現在進行形ですから。

私たちは、人を助けるために生まれてきたんですよね。

そのことに気づけるチャンスを、見失なわないように、お互い毎日を紡がせてもらいましょう!

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