
犬も歩けば棒に当たる。
ことわざの意味は、ふたつのそれぞれ反する意味があるもので、
ひとつは、行動を起こすことで災難に出会うから、じっとしてるのがいいんだよ。
という、意味であったり、
もうひとつの意味は、何も行動しないでいると、出会いがないので、積極的に動こうね。
といった、どちらとも取れる意味が含まれていますね。
おあたえいただいた人生。
実は、生かされているなかで、私たちは導かれて自然と歩みを進めているように思います。
親のレールにしかれた人生と嘆く人もあるかもしれません。
思い通りに、夢に向かって進むことができないと涙する日もあるかもしれません。
でも、私たちは一人ひとり、命をいただいて1日1日を歩ませていただいてます。
どんな不安がおそってきても、どんなに先の見えない悩みにぶつかっても、よろこびを探してみたいと思います。
よろこびを感じてみたいと思います。
自分を見つめてよろこびが見えなければ、まわりを見て探して、遠くを見て探して。
小さなよろこびは、実はまわりにたくさんあります。
人生、泣けてくるようなできごとに出会ったとき、よろこべないかもしれません!
親のせいだ。友達のせいだ。あの人のせいだ!と、人に責任をおしつけてしまうかもしれません。
でも、本当に、あの人のせいなのでしょうか?
もしかすると、あの人のせいかもしれません。でも、ココロが落ち着いてきたとき、自分のココロにありがとう。と、声をかけてみてください。
そして、泣けてくるようなできごとや、ゆるせない人に対して、ありがとうございます。と声を一度出せるようなら、出してみませんか?
もしかしたら、小さなよろこびや、小さなありがとう。が見つかるかもしれません。
本当に、やりきれなくて、悔しくて、泣けてくるかもしれないけど、命をいただいているかぎり、喜んだモン勝ち!です。
それが、生かされて生きる人生。
苦しいときは、よろこびの種を探してみましょう。